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南京大学日本語学部専家 斎藤文男
四川大地震は、新中国成立以来最大規模の災害になった。マグニチュード(M)8.0という巨大なもので、日本列島全体よりも広い範囲で揺れが感じられた。発生から1カ月あまりたって、死者・行方不明者は8万6781人、被災者4550万人となっている。この地震による中国政府の初動体制は素早く、初めて外国の救助隊も受け入れた。情報の速報と公開もこれまでの災害時とは異なり、積極的な対応が見られた。さらに、この大災害でとくに目立ったのは、民間の人たちによるボランティア活動が芽生えたことである。日本では、大地震で全国から多くのボランティアの人たちが駆けつけたのは、13年前の阪神大震災である。行政側も復旧対策にボランティア活動を取り入れ、この年が日本の「ボランティア元年」になったと言われている。中国でも今年が、ボランティア元年となり、地震を契機に、災害時の扶助精神や奉仕活動が一般生活にも広がっていくのではないだろうか。政府の素早い対応、外国からの救援受け入れ、情報の公開、民間ボランティアの芽生えは、今回の大地震体験が「禍転じて福となる」一筋の光明のように思える。
40年前の地震ではボランティア活動なし
ちょうど40年前の1968年5月16日。私は新聞記者2年目になって青森支局で十勝沖(とかちおき)地震の取材をした。キシャといっても入社してからまだ1年1カ月。デスクや先輩に怒られながらの“トロッコ”時代である。動力のある先頭の汽車に連結して牽引され、一人では動けないトロッコのようなものだった。
朝、食事を終えて勤務に出かけようとしていたとき、突然大きな揺れが来た。本棚の本全部が、ダルマ落としで弾き出されるような勢いで2、3㍍先に飛んで散らばったあと本棚が倒れた。初めて体験する震度5の揺れだった。

「ブン川しっかり 中国がんばれ」のスローガンを掲げ、北京オリンピック聖火リレーを応援する若者たち(5月27日、南京市内で) |