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横店影視基地は先ごろ北京で記者会見を開き、新しい圓明園を建設すると高らかに宣言した。再建工事は社会の公募と投資方式で行うという。総投資額は200億元。
これについて、圓明園管理処の宗天亮氏は「圓明園はここにしか存在せず、どの地であれ北京に取って代わることはできない。よその土地に再建する必要はまったくない。これは歴史を軽視するものだ」と強調した。
圓明園の再建発起事業体である横店共創共有共富共享工作委員会の徐文栄主席は「再建はすべて民間の自発によるものであり、資金調達ルートや運営方式はビジネス運営上の原則に違反していない。批判されることはない」と指摘。

圓明園の保護・修復問題については、学界でも長期にわたり議論が続いてきたが、ここで再び新たな提案がなされた。圓明園はどこへ行くのか。現在の場所で修復するか、それとも別の土地に再建するか。廃墟のままでいるか、それとも修復して輝かしさを取り戻すか。恥辱を拭うか、それとも文化を回復するか。こうした問題点をめぐり、外国文学家者の葉廷芳氏、建築学者の汪之力氏、文物保護専門家の謝辰生氏、清朝史専門家の王道成らがそれぞれ見解を発表。圓明園の保護をめぐり共通認識が最大限形成されることを期待したい。
●葉廷芳氏―再び蹂躙させてはならない
現在の圓明園遺跡は依然として侵略者の横暴に反駁できなかった歴史の証人であり、侮辱され、迫害された中国人が永遠に侵略者のこの天に背き道理にもとる破壊行為を許すことのできない、また忘れることのできないものとして、この極めて視覚的に大きな衝撃力を備えた「活きた証拠」を完全な形でしっかりと保護し、それを侵略者に対する声なきアピールにしていく必要がある。
圓明園の壊滅は「国が弱ければ人に欺かれる」というこの簡単な道理を如実に証明している。この廃墟と化した遺跡を残せば、人びとの再認識、自問を促し、自尊心や自信、向上、民族の凝集力の増強を呼び起こすことができる。この意義から言えば、圓明園が理想的かつ生動感ある愛国主義教育の「教室」であるのは確かだ。
圓明園の遺跡、廃墟を保護することはもちろん、その乱雑さを保護するというものではなく、必要な機能性のある建築物を再建することが当然、欠かせない。だが、すべてのこうした建築物の風格は輝かしさを放っていた昔の建築物とは明らかに区別すべきである。
●汪之力―総合修復して活用すべきである
一人の建築学者として、「廃墟のままでいる」論には反対する。こうした見方は、遺跡の継続的な廃棄をもたらすだけだ。圓明園については、保護し、総合修復するほかに、科学的に活用しなければならない。遺跡は世界の歴史と文明を保護する特別な記念の場所にすべきである。決して普通の公園にしたりしてはならず、ましてや娯楽の場所にしたりしてはならない。
圓明園に昔日の輝きを再現させるには先ず、山や水系、植物の配置を回復させることが肝要である。だが、こうした修復には建築物と同様、専門家が科学的に検討し、考証し、設計プランを制定した上で、評価を行い、指導部の認可を受けて実施することが大切だ。
圓明園の完全再建には一貫して反対してきたが、浙江省に再建するということにはより反対する。歴史や地理的条件のほか、さらに気候条件もあり、一つの省が圓明園の名をかたって資金を集めるのはさらに不適切だ。圓明園の名を借りて資金を募れば、人びとの愛国心に訴えやすいだろうが、国務院が認可して、厳格に管理する必要がある。でなければ、違法に利用されかねない。
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