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歩平(中日第1回共同歴史研究中国側首席委員、中国社会科学院近代史研究所所長)
異なる国の学者が関連のある学術問題について討論、研究、ひいては議論することは、別にめずらしいことではないが、中国と日本が共に歴史を研究することは幅広く関心を引き起こすことになった。
中日両国間に歴史問題が生じた根本的な原因
前世紀の中日国交正常化以後の一時期と比べて、中日関係に波が現れ、その中で歴史問題は確かに両国関係に影響を及ぼす重要な要素の1つとなった。歴史問題とはなにか?歴史問題はなぜ両国関係にこのように大きな影響をもたらすことになるのか?
周知のように、中国と日本の間にお付き合いの歴史は非常に長く、その中で、平和と友好のお付き合いがかなり長い期間を占め、そのため、つねに「一衣帯水」という言葉で中日両国の関係が形容されてきた。一般に言われている不幸な歴史は近代に発生したことだけである。19世紀中葉、中国と日本を含む東アジア諸国はすべて西側列強からの軍事的、政治的圧力を受け、余儀なく国のとびらを開き、西側の植民地になり下がる危機に直面し、民族解放と国の独立を目指すという同じような課題に直面することになった。日本は真っ先に欧米列強の植民地になり下がる危機を抜け出したとはいえ、西側列強のやり方で東アジアのその他の国々に対処することになった――朝鮮を強引にその植民地に変えるとともに、中国に対し野蛮な侵略戦争を行い、その結果、東アジアの歴史に暗い影を落とすことになった。もちろん、1945年の第2次世界大戦の終結から今日まで、その一時期の不幸な歴史もすでに60年余り以前のこととなり、もしはっきりとあの戦争の侵略の性格を認め、戦後における日本軍国主義に対する正義の審判を受け入れ、日本の戦争責任を認め、歴史の教訓を汲み取り、平和発展の道を歩むならば、中日間、同じく韓日間をも含んで、深刻な歴史問題が存在することはあり得なかったのである。しかし、事の成り行きはそんなに単純なものではなく、歴史問題の論争はそれから発生したのである。
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