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上海の新ランドマークになると注目される上海環球金融中心(SWFC)の開発を担当した日本の森ビル株式会社の森稔社長は、このほど行われた記者会見で「初め浦東地区への投資を決めた時、ここが金融センターになると信じる人は世界でもまれだった。日本国内でも軽率だとの見方が多かった。だが今や、SWFCは無事オープンにこぎ着け、ここが将来アジア屈指の金融都市になることは間違いない」と述べた。
同社の森稔社長と子会社・上海環球金融中心有限公司の森浩生董事長(会長)は先月28日、「中国経済週刊」の取材に応えた。主な内容を以下に紹介する。
1993年に制定された「上海陸家嘴中心区計画設計プラン」では、金茂大厦、上海環球金融中心、上海中心の3つのシンボリックな超高層建築を、「品」字の形に建設することが内容に組み込まれた。
稔社長は当時を回想して「93年に上海市の当時の趙啓正副市長(浦東新区管理委員会主任)に摩天楼ビル2棟を建設させてほしいと頼みに行った」と話す。
だが金茂大厦や将来建設予定の上海中心に比べて、SWFCの前途は多難だった。工事は1994年にスタートしたが、97年のアジア金融危機で5年近い停止を余儀なくされた。その後もビルの形状や名称などで問題が次々に起こり、設計から完成までにかかった時間は14年間の長きに及んだ。
そして完成後の今、SWFCはグローバル経済の停滞や米国の低所得者向け(サブプライム)住宅ローンの焦げ付き問題の波及といった挑戦にさらされている。稔社長は「全体として、世界の金融市場にはいくらか動揺がみられるが、上海の金融環境が影響を受けることはないと信じる」と話す。
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