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林国本
四川大地震で甚大な被害を受けた四川省北部では、復興の第一歩として新しい町の建設区域選定の準備作業が始動した。一方では、せき止め湖のはんらんによる洪水対策としての住民の高台への避難、仮設住宅の建設、小さな余震の続く中、山間部の土砂崩れによる道路の重度なる寸断。今回は平野部で起こった前世紀70年代の唐山大地震よりたいへん困難な状況にある。
震源地一帯は、日本の新聞でよく見かける観光ツアーの広告で(その信ぴょう性は別として)、さながら「平家の落人の里」のような山奥にあり、救援作業は近・現代の地震災害ではもっとも困難を極めるものとなった。地元の役場の職員の中からも、連日の不眠不休の悪戦苦闘で過労死する人も出ている。
私見ではあるが、こんな山奥に町を再建するよりも四川省の物産の豊かな地域に移住させてはどうかと思うが、しかし、人間というものは父祖の代から住み慣れた土地を離れることは、元の地縁共同体から離れて、新たな環境に適応していくことにほかならない。できることなら、父祖伝来の地で生活しつづけるに越したことはない。最終的にどうするかは、しかるべき筋がちゃんと考えてくれることであろうが、地震で山の地盤がゆるんでしまったところでは、たえず危険にさらされることになる。
全国各地から仮設住宅がどんどん送り込まれ、この動員力のすばらしさには深い感銘を覚えた。ハイテク機器を使って、せき止め湖の水位、流量をオンテイン、リアルタイムでセンターに集めて緊急対応策を練っている。今回、テレビの報道で「北斗衛星」による通信という言葉が出てきたことからみても、この30年の改革・開放でかなり進歩したことも見て取れ、悲劇の中にも明るい光がいくつも見えてきた。復旧作業もまずは耐震構造の学校、病院の建設からということがくりかえし報道されている。改革・開放10年のすばらしい成果を見て喜こんでいる時に突如発生した大地震だが、見方を変えればこの試練を乗り越えれば、中国はもっと発展をとげるにちがいない。
ちなみに、今回の大地震で数多くの外国から多大な人道的援助が届いていることが毎日報道されているのを見て、中国にとっての友人の多いことにも深い感銘を覚えている。日本向けのジャーナリズムの世界に今でも身を置いている筆者として、日本からのレスキュー隊、医療チームの到着に感激した。また、それほど豊かではないパキスタンからもテント、食品などが届き、医療チームも派遣された。中国側からはパキスタンの置かれた状況を配慮して、テント等の代金を受け取ってほしい、と申し入れたそうだが、パキスタンが困難に直面したとき、中国はいつも援助してくれた、私たちは代金を受け取ることはできない、当然なすべきことだ、と言ってくれた。そして、とくに中国人が感銘を覚えているのはロシアの大型ヘリの大活躍である。せき止め湖のはんらんを防ぐために悪戦苦闘している作業者へのディーゼル・オイルの空からの輸送というむずかしい仕事をくりかえし、気候条件の悪い渓谷地帯と輸送をつづけていることだ。そして海外の華人・華僑たちの援助も血のつながりの重みを感じる。
7万人近くの犠牲者、一万数千人の行方の分からない人びと、今回の教訓は大きい。これからは高度成長ばかりでなく、危機管理という面での研究も大いに強化する必要がある。「和諧社会」実現のためには避けて通れないことである。
「 北京週報日本語版」2008年6月17日 |