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チベット平和解放
――中華民族統一大業の輝かしい1章
チベットの平和解放は中国共産党が指導した中国人民解放事業の重要な出来事であり、中華民族の100年余りにわたる国家統一の闘いにおいても重要な出来事だった。1950年10月、人民解放軍はチャムド戦役(昌都)を発起し、少数反動派のチベット上層部が企図するチベット解放拒絶の夢を粉砕し、ダライ・ラマ14世をリーダーとするチベット地方政府は北京に代表を派遣して協議を行わざるを得なくなった。1カ月近くの困難に満ちた協議の結果、有名な「十七カ条協定」が締結され、チベットは平和解放された。
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動画
共産党員登山家
ツェリン・ドルジェさん
「チベット女性60年記録写真展」、北京で開催
 
 

西暦10世紀から13世紀にかけて、チベット地方は奴隷制社会から封建社会への移行期にあった。13世紀中葉からチベットは正式に中国の中央政府の管轄下に置かれ、これまでの歴代の中央政府はすべてチベットに対し実際に基づいて各省の特色のある主権管轄を実施した。チベットの「政教合一」の封建農奴制度は確立、全盛と衰退の歴史的過程をたどり、20世紀中葉になると腐敗・没落の段階に入った。

「四大ガロン」(1957)
アペイ・アワンジンメイ(1956)
ポタラ宮(1956)
かごに乗って出かける図(1958)
レプン寺のコゲシにおける14世ダライラマ
ネチュン祈祷師(1958)
ロブリンカ(庭園)
ゲシュエドンチュさん(1956)
チャリン・ジンメイソンツェンワンプ(1958)
ドガ・ポンツォロジェさん(1956)
「ガシャ」(チベット地方政府)の僧侶と非僧侶の官吏たち(1957)
ソカン・ワンチェンゲロ(1958)
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ロブリンカ(庭園)に集結する武装反乱分子たち(1959)
「宗教防衛軍」のデモ行進(1959)
チベットの地方武装力――チベット軍(1958)
道路、橋梁を破壊する武装反乱分子(1959)
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ポタラ宮(写真・陳宗烈)
ポタラ宮の白宮(1978)
ポタラ宮の彫塑――ソンツェンガンポの塑像(1978)
文成王女の塑像(カラフルな塑像)(1978)
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