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プロフィール 日本在住の華僑の家に生まれ、18歳のときに帰国。北京週報日本語版で1963年8月の創刊から定年で退職するまで、中文日訳の仕事に30数年間たずさわってきた。定年退職後、チャイナネットと「北京週報日本語ネット版」で専門家として仕事を続ける。1986年から1992年まで「北京週報」の駐日記者として6年間日本に滞在。1980年以降、政府文献の翻訳、校閲に参加。さまざまな国際会議の同時通訳の仕事に参加。日本で翻訳(共訳を含む)10冊を出版。政府要人の通訳にも参加。
チャイナネット 林さんは華僑の家に生まれ、18歳の時に帰国されたとうかがっておりますが、林さんのこれまでの人生で、最大の資産は何だと思いますか。
林 私の父は浙江省の貧しい農民でありました。同じ村の何人かが海外でひと旗あげ、財を成し、村にもどって、何人かの若者を国外に連れていき、そういうことで、私は華僑の二代目となったのです。
以前、華僑は国外では「三等公民」というか、政治的地位もなかった訳で、私はこういうことに非常に敏感で、商人として一生を送ることは、たとえ生活が豊かであったとしても、生きがいを感じることのない人生で終わることになるのではと悩み続けました。私は子供の頃に、「アンデルセンの童話」、「グリム童話集」を読み、こういうすばらしい翻訳ができるようになればと夢を描いていました。その頃はまだ夢のまた夢でした。のちに、私は国に帰ってきました。自分の人生を商人として過ごしたくなかったからです。
チャイナネット すると、子供の頃から翻訳家になりたかった訳ですね。
林 いや、その頃はまだ翻訳家になるなんて考えていなかったのです。ただ、将来、翻訳の仕事でもして、ホワイトカラーとして人生を過ごしたいと思っていたのです。フリーの翻訳家でもいいし、必ずしも会社勤めということではなかったのです。
チャイナネット 翻訳という仕事は、一生をかけてする仕事なので、林さんの夢がかなったわけですね。これは生易しいことではありません。かなりの人たちにとって、少年の頃になりたいなあ、と思っていても、結局、たずさわっている仕事は少年の頃の理想ではない、というケースがたくさんあります。林さんにとって最大の収穫は何ですか、翻訳がもたらしてくれたものは何でしょう。
林 今からふり返れば、頭の中にユニークな内部モデルができ上がっていることです。翻訳で必要なことには、おかげですっと入って行けるのです。この内部モデルは私にとって大きな財産です。これはお金より大事なものです。
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