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北京週報>>社会  
ある貧困村の村民幸福計画

本誌記者 李小玉 

 省永村に住む玉琴さんは今年67歳。普通の民と同じように、今も農業戸籍を持っている。しかし張さんには普通の中国の民と違うところもある。民にとって「命の綱」である土地を手放して、約70平方メートルのマンションに引っ越し、都市住民も羨むような生活を送っているからだ。

 

欧州議会議事堂を真似て作られた永聯議事庁

 

「失地」民も幸せに 

それにはこんな経緯がある。2006年、村は15元を資して、耕地に分散して居住する3600世帯余りの村民、2500棟余りの建物の立ち退きと手配した転居先への移住を行い建築面84万平方メートルの代的な民集中居住区「永鎮」を設した。今、永鎮には、黒い瓦と白い壁が続き、橋の下を小川が流れ、緑の柳が堤に揺れ、江南の水郷らしい風情が色濃く漂い、川沿いに高低さまざまの集合住宅が巧みに配置され、都市の高住宅街にいるような感覚にとらわれる。 

川越しに永聯集中住宅区を望む。手前は金の指を象った創造と団結を示すモニュメント。

立ち退きと土地収用の補償として、村では村民1世帯に中高層集合住宅の住居を2戸支給した。さんの家を例にとると、現在3人の息子はみな結婚して就職し、それぞれ100平方メートル以上の「大産権房」(国の発行する不動産所有権証と土地使用権証のある完全所有権不動産)を2戸支給されている。同時に、2600人余りの高齢者も次々に高齢者向け住宅に入居している2008年、さんは長年暮らした平屋住宅に別れを告げ、夫とともに70平方メートル余りの高齢者向け住宅に入居した。2万4000元の賃貸料を払えば一生そこで暮らすことができ、入居者が亡くなった後は村が賃貸料を入居者の子供に返却し、部屋を明け渡してもらった後、別の高齢者が住めるようにしている。 

さんは在の生活にとても満足している。40年余り前に村に来たばかりの頃の情景を思い出すと、感慨無量にならずにはいられない。「村に越してきたばかりの頃、ここはまだ一面荒れた河原で、何もなかった。いったん雨が降ると、村は小川に変わり、ぬかるんでどうしようもなくなる作っている作物の出来具合も悪く、麦や稲の育ちもよくなかった」。 

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