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中国外交官が語る日本からの中国人避難「鍵はバスだった」

 

東日本大震災が発生してからすでに2週間が経ったが、中国駐日本大使館の華僑業務領事、また重大被災地へ赴いた連合業務チーム第1派のチームリーダーを務める私には、地震発生後の非日常的な日々がいまもありありと目に浮かぶ。

3月11日午後2時46分、日本の東北・関東で史上稀に見るマグニチュード9.0の大地震が発生した。同日午後11時、大使館指揮部は連合業務チーム第1派の派遣を決定、私がチームリーダーとなり、直ちに被災が最も深刻な宮城県に赴き、中国国民、とりわけ留学生、研修生らの被災状況を調査し、大使館の心遣いとあいさつを伝えに向かった。仙台への業務チームは私(領事部)と弁公室の李洋、教育処の李春生、トウ徳英、それに運転手の孟慶華、杜輝煌、朱峰を加えた計7人で構成された。出発前、程永華・大使のほか孔鉉佑、曲来璞の公使2人、さらにフロントで働く一部の同僚が我々を見送った。

出発後、我々はすぐに数回の大きな余震に見舞われた。路面と車は激しく揺れ、路肩の電柱が揺れているのが見えた。高速道路を走っていた時にも数回あり、逃げ道がなく、非常に恐ろしかった。

東京から仙台まで約360キロ。途中見掛けた商店、ガソリンスタンドはほとんど閉まり、時折営業中のスタンドがあっても、どこも長蛇の列で供給に限りがあった。状況は先へ行くほど深刻になり、我々は車を走らせながら給油手段を考えざるを得なかった。幸い大使館の車は外交ナンバーで、交渉の結果、仙台到着前までに2-3回給油することができた。仙台まで残り約100キロ少しのあたりで、我々は営業中の小さな食料品店にたどり着き、カップラーメンを買った。目的地まで、前進また前進、不眠不休、ひたすら走り続けた。19時間にわたる運転の末、翌12日午後7時10分、ついに仙台に到着した。

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