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友好の伝統を継承し、中日地方交流の新局面を切り開く鳥取県——平井伸治鳥取県知事インタビュー
  ·   2020-12-29  ·  ソース:人民網
タグ: 観光;中日友好;中日交流
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【編集者付記】中日両国は一衣帯水の関係にあり、様々な分野やレベルで友好協力関係が全面的に深く発展している。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった際、中日両国は相互に援助の手を差し伸べ、共に感染症と闘い、多くの感動的なシーンが生まれた。ポストコロナ時代を展望し、いかにしてコロナが中日の各分野での交流にもたらした一時的な影響を克服するのか?いかにして中日の地方間交流推進を通じて、両国の協力のために新たなチャンスを生み出すのか?日本の各地では、それぞれどんな資源を通じて、中国各地と双方の強みによる相互補完を行うことができるのか?こうした視点に立ち、人民網日本株式会社では「ポストコロナ時代の中日協力の新たなチャンス——日本都道府県知事シリーズインタビュー」を企画。47都道府県の知事を訪ね、独占インタビューを展開していく。人民網が伝えた。(文/孫璐、葉習民、李沐航、呉穎)

知事インタビューの第2弾では、鳥取県にフォーカスする。鳥取県は日本・本州西部の日本海沿岸に位置し、美しい鳥取砂丘、美味しいマグロや松葉ガニなどがあるだけでなく、有名な漫画「名探偵コナン」の作者や「ゲゲゲの鬼太郎」の作者も輩出している。また、鳥取県は中国とも深い縁がある。このほど、鳥取県の平井伸治知事が東京の都道府県会館で人民網の取材に応じた。

「中日友好の井戸を掘った人」の故郷

インタビューが始まるとすぐに、平井知事は人民網記者に対し、中日友好のために重要な貢献を果たした鳥取県の有名人2人の名前を挙げた。そのうちの1人は、周恩来総理から「中日友好の井戸を掘った人」の1人と称えられた日本の政治家、古井喜實氏だ。古井氏は1959年に初訪中した後、中日友好関係発展の促進をそのライフワークとし、その政治家人生を通して取り組んだという。古井氏は、松村謙三氏や岡崎嘉平太氏など中日友好に熱心な政界・経済界の人々と共に、中日両国の「中日長期総合貿易に関する覚書」及び「中日双方の新聞記者交換に関するメモ」など重要な文書を調印へと導き、田中角栄首相(当時)の訪中に向けて大量の事前準備作業を行い、中日国交正常化を実現させるために多大なる貢献を果たした。

平井知事は、「当時の特殊な歴史的時期において、日中両国間の雰囲気は非常に緊張しており、全ての人が古井氏に賛同したわけではなく、反対する声も多かったため、古井氏も国会議員選挙に落選してしまった。しかし日中友好の推進において、彼は非常に信念を持った人物で、日本と中国が国交正常化を実現することは、今後のアジアだけでなく世界の平和的発展にとっても非常に必要だと考えていた。そのため、彼は中国側と手を携えて努力し、最終的に1972年に日中国交正常化を実現させた。それからすでに半世紀が過ぎた現在、古井氏は友好の使者として、中国政府からも称賛されている」と紹介。さらに、「東京の日中友好会館前に建てられている古井氏の胸像を訪れるたびに、両国国民の古井氏に対する感謝の気持ちを深く感じることができる」と述べた。

もう1人の中日友好に重要な貢献を果たした人物は、かつて鳥取大学で教鞭をとっていた遠山正瑛教授だ。1935年、当時28歳だった遠山氏は中国に留学した。視察の途中、遠山氏はゴビ砂漠が農地を侵食し、何千万もの人々が飢餓に苦しんでいる様子を見て、大いに心を痛めた。遠山氏が鳥取大学を退職した翌年、中日国交正常化が実現。この時すでに66歳の高齢となっていた遠山氏だが、数十年前目にした光景を忘れることができなかった。遠山氏はすぐさまためらうことなく家財を処分して1人中国に渡り、昼間は40度以上になるゴビ砂漠の高温を克服し、数ヶ月を費やして水源を探した。その後、彼は鳥取砂丘の経験と日本で集めた資金を頼りに、数年の時間を費やして様々な困難と挫折を乗り越え、最終的に100万本のポプラを植えるという目標を立てた。1991年、遠山氏は「日本沙漠緑化実践協会」を立ち上げ、中国に植林ボランティアを派遣し始めた。2013年の時点で、同協会は計11700人のボランティアを派遣し、中国のゴビ砂漠に373万本の木を植え、2万ヘクタール以上の砂漠をオアシスや農地へと変えた。その功績を称えるため、中国政府は1996年に遠山氏の銅像を建立した。

平井知事は、「これは友好交流の具体的な現れだと思う。個人の努力を通じて、友情の架け橋を1つずつ架けていった」と称え、「現在は新型コロナウイルス感染症との闘いが依然として厳しい状況だが、日中両国のビジネス交流再開の歩みはしっかりとしている。これを基盤に、双方が相互に直接交流できる時代が再びやって来ることを願っている」と語った。

中日地方交流協力を着実に推進

中日友好に取り組む人々を数多く生んだ鳥取県は、今では中国との間でよりいっそう密接な友好交流協力関係を結んでいる。同県では、河北省、吉林省と友好関係を結び、様々な交流協力を着実に展開している。

鳥取県の電子部品産業は日本で大きな影響力を持っている。この産業優位性を発揮するため、平井知事は2018年に安倍晋三首相(当時)の訪中に同行し、「第1回中日第三国市場協力フォーラム」に出席した。訪中期間中、平井知事は当時吉林省委員会副書記・省長だった景俊海氏(現・吉林省委員会書記)と双方を代表して協力覚書に署名し、鳥取県の企業と中国の第一汽車集団などが、EV先進運転支援システム(ADAS・EV)案件などをめぐって協力を展開することを共同で推進したほか、関連人材育成について吉林大学と協力覚書を交わした。当時の状況を振り返り、平井知事はこんな興味深いエピソードを紹介してくれた。人民大会堂での挨拶が終わりに近づいた時、知事が中国語で「朋友」を歌い始めると、思いがけず歌に合わせて会場から手拍子が起きたのだという。「この時の情景が強く印象に残っている。日中双方の人々が緊密に協力し、一体になれるということを実感した」と知事は語った。

平井知事は、「鳥取県は、吉林省が自身を北東アジア経済貿易の中心にしていこうとする行動に非常に注目している」と語った。毎年多くの県内企業が吉林省が開催する「北東アジア投資貿易博覧会」に参加しており、知事本人も何度か出席したという。知事は、この博覧会は北東アジア地域全体に向けられた舞台であり、巨大なビジネスチャンスを提供しているとの見方を示した。さらに知事は、「今年は新型コロナウイルス感染症の影響で両国の人的往来が制限されたが、鳥取県と吉林省の民間企業は依然として協力を通じ、長春市のデパートで鳥取物産展を開催した」と語った。

その一方で、鳥取県は河北省とも文化の面で積極的な交流を展開しており、双方の協力により、鳥取県に日本で最大の中国式庭園「燕趙園」が完成した。この鳥取県と河北省の友好交流の象徴は、有名な景勝地になっただけでなく、両国の文化相互交流を展開し、中国文化を伝える拠点にもなっている。平井知事は、「鳥取県は『まんが王国』と呼ばれ、漫画とも深い縁がある。そのため、県では燕趙園で中国の有名な漫画家の作品展を開催することを計画していた。非常に残念なことに、新型コロナウイルス感染症の影響のために、作品展は延期せざるを得なかったが、コロナが収束した後、作品展が無事開催され、中日友好の証となることを期待している」と述べた。

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